みんなの日記帳

問わず語り9  No.374
学生時代、長期のアルバイトはしていない。藤原君をはじめとし、アルバイトをしなければ生活ができない、いわゆる「苦学生」という言葉があった時代に貧乏なりに恵まれていたのだと思う。.それでも短期のアルバイトはいろいろやった。
その一つに自民党総裁選挙の演説会準備という変わったものもあった。
1978年の晩秋、福田赳夫、大平正芳、中曽根康弘ともう一人の候補がいて、自民党総裁選挙が行われた。この回から国会議員の投票だけでなく、党員党友の予備選挙が行われることになったはずだ。当時の仙台は、福だ派の大御所三塚博の地盤だった。そこで党員票獲得のため、三塚氏が先頭に立ち福田赳夫の演説会が行われた。その準備のため、三塚事務所が集めた学生アルバイトの一人としておいらがいた。
どのようなコネでなったのかはしらないが、三塚事務所から体育会硬式野球部にアルバイト募集の声がけがあったのだ。野球部の1年生がかり出されたのだが、それだけでは人手が足りず、同じ寮生のおいら達も手伝うことになったのだ。

その頃のアルバイトは肉体労働をしても時給500円、日当で4,000円ならよい方だった。それなのに聞けば日当5,000円、二日で10,000円。それに昼飯付き。思想信条は別にしても市内理由が見つからない。
1日目午前9時、集合場所の三塚博事務所に集合。秘書と思われる人の指示に従い車に乗り込む。目的地は某ミッション系のお嬢様学校。中学生から高校生、短大生まで学ぶ学校だ。その学校からパイプ椅子を借り、演説会場のスポーツセンターに並べるのだ。
校門を入るとそこは女のその、そこに野獣のような20歳前のガテン系の格好をした男達が十数人入り込む。それを教室の窓越しに見た、おそらく中学部と後頭部の女子生徒がざわめき出す。大胆にも窓を開け、大きな声で語りかけてくる娘もいた。お嬢様は、自分たちと人種が違うガテン系が好きなのだ。
その歓声に片手で応えつつ倉庫に入りパイプ椅子をトラックに積み込む。人海戦術で作業はあっという間に終わる。女子中高生の「労働者のみなさーーん、労働にいそしんでねーー、の声を背中に聞きながら校門を後にした。」
スポーツセンターに椅子を下ろし、ざっと並べたところでお昼の時間となった。お弁当が配られるはずだったが、事務所スタッフのミスでお弁当が手配されていない。秘書さんは焦ることなく学生一人一人に千円札を渡し「これで昼ご飯を食べてきなさい」とおっしゃられたのだ。ナンという太っ腹、これぞ金満自民党、闇献金のお金かもしれないが、お弁当をもらうより現金千円の方が何十杯もありがたい。弁当手配をミスしたスタッフさん、ありがとう。
当時のオイラにとって1,000円のお昼ご飯なんて想像したことすらない。だから駅近くの大手予備校に行き、そこの学食で思い切り贅沢な昼食をとったた。お腹も心も大満足して総額は500円には満たなかったと記憶している。残りの金額は明日以降の生活費に回すのは当然だ。関係のない話しだが、このときご飯を食べた大手予備校はもうないらしい。当時は大学進学のため浪人するのは当たり前で、同級生の3割くらいは年上だったのではないか。今は希望すればどこかの大学にははいれる。医学部でもない限り浪人してもということはないのだろう。昔の一浪一留(人並み一流と読ませた)はまるっきり死語だ

それはさておき、午後からの仕事はさっき並べた椅子を直す程度で後はなにもない。何せ福田赳夫首相の演説会は明日なのだ。3時頃には解散となり、また明日このスポーツセンターに9時集合ということになった。
翌日遅刻をしないようにスポーツセンターに行ってもアルバイト学生は一カ所に集められただけで何もすることはない。会場に入りきれない党員党友のために屋外にモニターを運んだくらいか。
一国の首相が来るということで、目つきの悪い連中が周囲を点検し、おいら達学生をもにらみつける福だ支援にかり出された党員党友の受付や案内は三塚事務所のスタッフや県会市会議員と思われる人たちがしている。
おいらたちはむしろ邪魔な存在なのだ。演説会参加者と同じお弁当をもらい、外でひっそりと食べていた。自民党の総裁選挙はそのまま日本の総理大臣を決める選挙だ。しかし、そこに公職選挙法は関係ないのだ。したがって、配られるお弁当も超豪華な松花堂弁当だ。うまかったなあ。でも三つくらいは食べられたぞ。あまった弁当が欲しかったなあ。

総理大臣の顔を見ることなく、演説会は無事終わり、いよいよアルバイト学生の出番だ。椅子を撤収しトラックに積み込む。、床の敷物を外し、簡単に掃除。後は例のお嬢様学校に椅子を返すきりだ。また、お嬢様に声をかけられるかと思いきや放課後の学校はひっそりとしていて、誰も声をかけてこない。妄想を打ち砕かれて、黙々と作業をした。3時間もしないうちに仕事はすべて終わった。
三塚事務所に行き、秘書さんから1万円札の入った封筒と内閣総理大臣 福田赳夫と書かれた色紙をいただいた。実労6時間ほどで10,000円。たかが学生アルバイトにこの高給。三角大福中時代の自民党はまさに金権政治だったのだ。貧乏学生にはおいしい仕事だったけどね。
ちなみにこの総裁選挙では絶対有利といわれていた福田赳夫が負けてしまい、田中角栄の支援を受けた大平正芳が予備選挙を勝ち、本選をすることなく自民党総裁になった。はずだ。おいらのせいではないと思うのだが、どうだろう。
社会人になってから労働組合活動の一環として今はなき社会党の衆議院選挙のお手伝いをしたもちろん報酬はない。。仕事が終わってから選挙事務所に集まり、つぶし作業の前にめざしとにら納豆といういつもの貧しい夕食。もう少しうまいものはでないのかなあと思いながら食べていると隣ではアマリ見かけないおじさんがご飯を食べている。よく見るとそのくたびれた背広のおじさんは、衆議院議員候補その人だ。代議士に徳仁もめざしとにら納豆の夕食を食べている。自民党とはえらい違いなのだ。
脱線してしまったが、学生時代のアルバイトは今考えるとすべて面白かった。出会った人もユニークだったので、回をあらため、マタ書いてみたい。


くじらベーコン
2018/04/01

No. PASS


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